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ラブホテルがあるのは日本だけ!?18歳未満お断りのユニークな旅館の歴史

日本は昔から、性に対しておおらかな気質を持っていると言われています。そのため、江戸時代には、カップルが安心してセックスできる施設として、出会い茶屋が生まれました。出会い茶屋はその後発展を続け、現代のラブホテルへと変化していきます。

ラブホテルは日本独自の文化!江戸時代の出会い茶屋が起源

繁華街の近くには、多くのラブホテルが建ち並んでいます。実は、カップルがセックスすることを目的として利用するホテルは、海外にはありません。外国でカップルが利用するのは、簡易ホテルか車中が一般的なようです。

ラブホテルの始まりは、江戸時代の出会い茶屋までさかのぼります。中世までの茶屋は、移動中の休憩場所とし利用されてきました。やがて江戸時代に入り、世の中が安定してくると性産業が盛んになっていきます。

この頃に、色茶屋や待合茶屋などといった、奥座敷で娼妓と遊べる形態の茶屋が現れます。現代で言うと、ラブホにデリヘル嬢を呼ぶような感覚でしょうか。プロの女性と遊べる茶屋が誕生した後に、カップルが逢瀬を楽しむ施設として出会い茶屋が生まれました。

出会い茶屋の誕生がきっかけで、夫婦ではない男女でも布団が用意された衛生的な部屋でセックスを楽しめるようになります。

日本人は元来、綺麗好きで性に対しておおらかであったと言われています。そのような気質が、後にラブホへと発展する出会い茶屋を生み出したのでしょう。

戦後に発展した連れ込み旅館が現在のラブホに繋がっていく

終戦後しばらくの間、日本では、野外で行為に及ぶことが大流行しました。戦後に大ダメージを受けた日本は在宅事情が悪くなり、多数の人が自宅を失いました。そのため、落ち着いてセックスできる場所がなくて困っていたようです。

そのような状況で生まれたのが連れ込み旅館です。もともとは労働者が素泊まりするための簡易的な旅館でしたが、カップル向け営業に形態を変えていき、大繁盛しました。

行為が終われば宿泊をせずに出て行くカップルが多かったため回転率が上がり、かなり儲かったようです。また、売春禁止法が施行されたことで遊郭がなくなったことも、人気を後押ししました。

最初のうちは簡素だった連れ込み旅館も、利益が上がるにつれて進化していき、昭和20年代から風呂付きの部屋のある旅館が誕生します。当時は銭湯も少なかったため、カップルで楽しめてお風呂にまで入れる連れ込み旅館は大流行し、全国に広まりました。

1970年代に「ラブホテル」という呼び名が一般的になる

お風呂付きの連れ込み旅館が全国的に大ヒットしたことを受けて、経営者たちはさらに差別化をはかることを考えます。高度経済成長を受けて、物質的に豊かになると、テレビや冷蔵庫などを各部屋に導入するようになります。

1970年代にはラブホテルという呼び名が定着し、派手なネオンやお城のような外観など、見た目も充実していきます。また、「モーテル」と呼ばれる、車で直接入れる形態のホテルも流行しています。

現在では、リゾートホテル顔負けのサービスを提供するラブホが増えています。サウナや露天風呂が付いていたり、フードやドリンクのルームサービスなどをおこなったりしているところも多いようです。

日本独自の文化であるラブホテルは、江戸時代の出会い茶屋から始まりました。その後、終戦や高度経済成長を経て、現在の形態へと発展していきました。衛生的な部屋で心置きなく楽しめるのは、日本人の性に対するおおらかな気質があったからでしょう。

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